ワタシには嫁が居たが、1人娘が1歳と2ヶ月の時、離婚することになった…
酒癖の悪かったワタシは暴力を振るうこともあり、幼い娘に危害が及ぼすことを恐れた嫁が、子供を守るために選んだ道だった…
ワタシは自分がしてしまったことを心から悔やんでいる…
そして今は、付き合いと言えども酒は1滴も飲まないことにしている…
もちろん、だからと言って「よりを戻してくれ」なんて言うつもりはないし、言える立場でもないことは、解っている…
ただ、元嫁と娘は幸せになって欲しいと思う、その気持ちに嘘はなかった…
離婚する時、ワタシは嫁と2つの約束をした…
1つは年に1度、娘の誕生日だけは会いに来ても良いということ…
もう1つは、その時に自分が父親であるという事実を娘には明かさないこと…
それはワタシにとって、とても辛いことではあったが、娘にとってはそれが最良の選択であることも解っている…
1緒に祝えるだけでも感謝しなければならない…
それ以来、娘の誕生日は普段着ないスーツを着て、母子に会いに行った…
元嫁はワタシのことを「遠い親戚のおじちゃん」と紹介した…
娘も冗談なのか何なのか、ワタシのことを「見知らぬおじちゃん」と呼んだ…
娘は人見知りだったが、少しずつ打ち解けて行き、3人で近所の公園に遊びに行くこともできた…
周りから見れば仲睦まじい家族に見えていたかも知れない…
それはワタシにとって何にも代え難いほどの幸せな時間だった…
これが平凡な日常ならば、どれほど素晴らしいことだろうか…
年に1度の、この日のことを思うだけで、酒を遠ざけることができた…
だが長くは続かなかった…
娘が小学校に上がる年のことだ…
例年通り、ワタシがスーツを着てプレゼントを持って母子の元を訪れると、元嫁から
「もう会いに来るのは最後にして欲しい」
と言われた…
そろそろ色んな事を理解してしまう年頃だからと、それが理由だという…
ワタシには解っていた…
新しいことが始まろうとしているのだ…
娘もやがて1緒に誕生日を祝う同級生ができるだろう…
元嫁は、再婚を考えているかもしれない…
そんなところに『見知らぬおじちゃん』が居てはいけない…
ワタシだけが過去の中に居た…
年に1度、家族のような時間を繰り返せば、いつか二人がワタシを「お父さん」と読んでくれる日が来るかも知れないと、そう本気で信じていたワタシが愚かだった…
どれほど切実に願っても、1度壊れてしまったものは、元に戻らない…
これが現実かと思い知った…
「あっ、見知らぬおじちゃんだ!きょうは遊びにいかないの?」
「きょうはね、おじちゃん行かなきゃいけないんだ」
「なんだ、ざんねん!」
母子にとって、それが1番の選択なのだ…
「ごめんね…元気でね」
ワタシは力1杯目を瞑り、手を振る幼い娘の姿を瞼の裏に焼き付けた…
「バイバイ!」
それ以来、母子と会うことはなくなった…
だが、娘の誕生日だけはどうしても忘れられず、毎年プレゼントだけを贈り続けた…
筆箱や本といった、ささやかな物を、差出人の欄には何も書かずに送った…
それを元嫁が娘に渡してくれていたかどうかは分からない…
ただ、娘の誕生日だけが、小さな楽しみになっていたのだ…
それも、中学生になる年にはやめようと決めていた…
娘からすれば、ワタシは知らないおじちゃん…
こうして、ずっとプレゼントが届いても迷惑だろう…
娘には、新しい未来がある…
ワタシも別の道を歩まなければいけない…
ただ、娘の幸せだけを願い、英語の辞書を送って、最後にすることにした…
それから、1ヶ月ほど経ったある日、ワタシのアパートに郵便物が届いた…
差出人の欄には何も書かれていない…
小さな箱を開けて見ると、中から出て来たのは、水色のネクタイピンとメッセージカードが…
メッセージカードを開くと、そこには初めて見る可愛らしい文字が並んでいた…
『いつも、素敵なプレゼントをありがとう…
ワタシもお返しをしようと思ったのだけど、誕生日が判らなかったので(汗)、今日送ることにしました…
気に入るかなあ……
見知らぬ子供より』
ワタシの頭はぐるぐる空回りし、思考が1時停止の状態が続いたが、やがて止めどない涙が溢れて来て、最後は大声を出して泣き出してしまった…
それは、壁に掛かったカレンダーを見てからだった…
その日は6月の第3日曜日…
『父の日』だった……