おれには、嫁がいない…
正確に言えば、嫁はいたのだが、病気で先立ってしまった…
ただ、おれには10歳の娘がいる…
娘は本当にヤンチャで、しょっちゅうケンカして帰って来る…
もう良い年だっていうのに、小学校低学年みたいな理由でケンカして帰って来る…
何やってんだ…
そう言えば、娘が最近料理をやり始めた…
普段から料理は全部嫁さんに任せていたからてんでダメで、おれの下手くそな料理が気にいらないんだと…
口の減らないガキだな…
まぁ、めんどかったから良かったけど…
そのせいか、最近いつもやたら早く帰って来る…
友達いないんか、こいつは…
しかも、いちいち「一緒にご飯食べよ!」とか、「一緒に寝よ!」とか、ガキかてめえは…
あ、ガキだったな…
そんな娘が25歳になった…
何かよ、結婚するんだと…
まぁ当然おれも呼ばれるわな…
バージンロード、一緒に歩いて欲しいとか、そんなんしんどいわ…
まぁ、でもこれでようやく娘が離れてくれる…
この15年間…
料理は私が作るとか言い出してから早15年経つわけだ…
いつもいつもおれに料理なんか作って、一緒に食べて、一緒の部屋なんかに寝て、正直鬱陶しいと思う連続だったわ…
まぁ退屈はしなかったが、せいせいするわ…
華やかに彩られた式場…
煌びやかな衣装を身にまとった娘…
父へ贈る言葉…
「母さんへ」
って、母さんにかい…
「約束は守ったよ」
はい?
「母さんがいなくなってから、母さんの代わりに毎日ご飯作ったり、一緒に寝たり…
そうそう、父さんは面倒くさがり屋さんだから、ムッとしてても気にしなくてもいいって言ってたの、本当だったね…
最初は不安だったけど、ある時、ふと不意に覗いて見たらにやけているのを見ました」
見られてたんかい…
「父さんね…口では、めんどくさい、しんどい、って言っていても、なんだかんだ付き合ってくれるし…ちゃんと私のこと見ていてくれるし…
口は悪いけど、欲しい時に欲しい言葉、ちゃんとくれたよ…
私のご飯、最初は全然おいしくなかったのに、食べる度に美味い、美味いって沢山言ってくれた…
あの初めて作った肉ジャガとかひどかったのにね…
母さんが父さんに惚れた理由が解りました」
やめろ、恥ずかしい…
「私も父さんが大好きです…
だからかな…
母さんが最後に私にお願いした、私が結婚に行くまでは父さんのお嫁さんになってあげてってこと、守って行けました…
父さんは寂しがり屋だから、一緒にいてあげないとダメダメだからって…
まぁ、大人みたいにキスするとか、恥ずかしくて出来なかったけど、それ以外の嫁っぽいことは沢山してあげれたよ…
だから、うん、いつも一緒にいたから、寂しくなさそうだったよ」
あぁ、退屈はしなかったな…
「そういえば隠してたけど、たまに、父さんの事、片親だーってバカにしている人もいたけど、その度、ケンカしました…
ボコボコにして言ってやりましたよ、私が嫁だからいーのって」
だからよくボロボロになって帰って来てたんかい…
「何か、周りから変な目で見られたり、バカにされ続けたけど、全然辛くなかった…何せ、私の父さんは、自慢の旦那だったからね」
旦那言うな…
「でも、
でもね…
もう、一緒にいてあげられないよ…
もう一人、大好きな人ができました」
………
「私はこの人と一緒に生きます…だから、母さんとの約束はここまでだね…
本当は離れたくない、離れたくないよ…
ずっと一緒にいたいよ…
でもね、ごめんね…
ごめん…ごめっ…」
バカやろう…
「父さん、私、お嫁に行っちゃうよ!
行っちゃうからね!
約束守ったからね!!」
ああ…
「だから、私がいなくてもちゃんと料理作るんだよ!コンビニの惣菜ばっかじゃダメだからね!」
えー、めんどくさいな…
「私がいないからって、暑い時にクーラーをガンガンにかけて寝ちゃダメだよ!風邪ひいちゃうからね!」
それはしんどいな…
「あとね、あとね……
あれ、なんでだろ…
涙が止まらないや…
止まらないよっ……
父さんっ…」
あの、バカやろう…!
おれは嫁に駆け寄って、全力で抱き締めてやった…
旦那が驚いて見てやがる…
今日だけは許せ…
「あのなぁ、これから人様の嫁になるって言うのに、こんなことでなに泣いてやがるんだよ…
母さんがいなくなった時だって、泣いてなかったくせに…
前だけ見やがれ…
旦那が心配するだろ…
お前には輝かしい未来があるんだ…
おれなんかと一緒にいるよりも輝かしい未来が…
誇りに思えよ、こんな物臭野郎の嫁を15年もやってたんだ…
誰とだって上手くいく…
幸せになれる…
お前にはその権利があるんだ…
だから、早く幸せになっちまえ」
でも、父さんが一人に……
「バカやろうが…
おれは一人だって生きて行ける…
中年おっさんを舐めるなよ…
ほら、旦那が見てるだろ…
早く泣きやめ」
周りの連中が沈黙でおれたちを見守っている…
恥ずかしい…
ただ、言わなきゃならないことができた…
旦那の前に立つ…
「この通り、おれみたいな野郎のためにすぐ泣くがな…
15年も一途におれみたいな野郎に尽くす、できた女だ…
他にはなかなかいないぜ…
すごいだろ…
そんなできた女を、旦那、お前にやる…
感謝しろよ…
ただし、
一つだけ約束しろ…
いいな…
これだけは絶対に破るな…
幸せにしてやってくれ…
全力で幸せにしてやってくれ…
こいつは、色んなものを犠牲にし過ぎた…
本来味わえるはずだった、輝かしい青春時代…
全部、おれにくれた…
こいつはもう、幸せになっていいはずだ…
だから、
頼むから、
頼むから、必ず、幸せにしてやってくれ…!」
おれは生まれて初めて全力で頭を下げた…
旦那は、力強く頷いた…
よし、もう思い残すことはない…
何か、色々やらかして恥ずかしいので、退散することにしよう…
おれは式場を後にした…
勢いで出てきちまったけど、この後どうするかな?
まぁ、取り敢えず夕飯のこと考えるか…
そうだな…
献立は、
嫁が初めての手料理で作ってくれた、肉ジャガにするか…